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一人でヒーリングサロンを広島に開店しました。開店までの奮闘記、波乱万丈の人生日記♪
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私は、毎週日曜日と水曜日がお休みだった。
しかし、水曜日は毎週といっていいほど出勤する事が多くなり、
お休みは日曜日だけだった。
そして、水曜日はほぼ暇だということもなかったので、日曜日は遅い時間まで寝ていた。
若いとはいえ、やはり毎日忙しければ体の疲れも溜まりがちになり、
もともと体の強くなかった私は腰が痛くなった。
小学生の頃から腰痛はあってもさほど気にもならなかったけど、ヒールを履くし、
座っている時間も長いので更に腰痛はひどくなった。

日曜日の夜10:00になるとマッサージを呼ぶのが当たり前になった。
次の日になれば、元に戻るのはわかっているけど、マッサージをしてもらっている間は
体の辛さが楽になった。
でも、仕事に出て何日かすると腰の痛さに我慢できなかった。
それに加えて、二十歳の時の事故の後遺症で足が痛かった。
寝る前には腰や足首に湿布を貼ったりジェルを塗ったりしていた。
そんなに良くなるとは思えなかったけど、こうすると朝起きた時に少しは
マシのような気がした。
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私は夜の世界に入ると決めたとき、派手な生活はしないと心に決めていた。
私には似合わないと思えば、欲しいな~と思っても買わなかった。
しかし、しょうちゃんは違っていた。

休みの日にパチンコに付き合うことはあったが、この時はまさか私に隠れてギャンブルを
しているとまでは思わなかった。
そして、私に言うと怒られるので従業員にお金を借りたりしていた。
それに将来お店の一軒でも持とうとしているしょうちゃんが、そんなことをするなんて
思いもしなかった。

毎日私は忙しくヘトヘトになって帰るのに、しょうちゃんは暇を持て余している事が
もしかしたらずっと気に入らなかったのかもしれないが、
私は仕事のことで頭がいっぱいでそんな事は気付きもしなかった。
でも、しょうちゃんの夢を実現するためにもお金が必要だからと思い、
出来るだけお金を貯めようと思っていた。

そして、今の調子でいけば私が30歳になる頃には、
一軒どころか二、三軒は大丈夫だろうと考えていた。
そして、その位になれば私はお仕事は辞めて、子供を作ろうという気持ちもあった。
オープンからラストまで忙しいのが当たり前になっていき、自然の流れでNo.1になった。
終わる頃には私は、毎日クタクタになっていた。
しかし、しょうちゃんのお店はあまり忙しくなくて、私より早く終わっていた。
しょうちゃんはお店が終わってから私が終わるまでの間、漫画を読みながら待っていた。
そして、毎日のように私の仕事が終わる頃に迎えに来てくれていた。
そして、しょうちゃんは私がそんなに指名が取れるなんて思ってもみなかったらしく、
最初は信じてなかった。
涼子さんから聞いていた精もあって、毎日遅くなる私を目の当たりにしてはっきりと私が
No.1だと認識したようだ。

No.1だとやはり他の女の子とは入って来るとお金も違うことは知っていた。
結婚する前は私の稼いだお金をしょうちゃんには関係はなかったが、夫婦となった今、
内緒にする事もなくなった。
すると、女の私の稼ぎの多さにしょうちゃんの中で何かが変わって行った。
段々暇な時間をパチンコやゲームセンターで過ごすようになり、あげていたお小遣いも
すぐ使いきってしまうような派手なお金の使い方をし始めた。
私の気持ちはよそにどんどん指名のお客さまが増えていった。
にもかかわらず、私の悩みは続き、「本当にこれでいいねかしら?」と不安でたまらない。
そんな風に思っているとは知らないお店はどんどん私に期待をする。
期待されればされるほど、私はプレッシャーを感じずにはいられなかった。
しかし、追い込まれれば追い込まれるほど頑張ってしまう私がいた。

忙しいのは嬉しいし、お客さまも喜んでくれているのは私にとっても嬉しいことだった。
でも、毎日毎日忙しいとラスト近くなると疲れが顔に出ているらしく、
逆にお客さまに心配されることも多くなった。
これじゃいけない!とは思うけど、やはり本心を隠すことは出来なかった。
 
涼子さんに私のこういう思いを相談すると、
「いつも頑張っているんだから、少しくらいお客さんに甘えてもいいんじゃない!?」
って言われた。

そういえば、私が「いつもありがとね」って言った時、
「いつも元気をもらってるのは僕のほうだよ!
君がいるから何かあっても頑張ろうって思うんだよ」
って嬉しい言葉を言われたことがある。
この言葉が聞きたくて私は頑張っているようなところがある。
やっぱり誰かに必要とされているっていいな~とあの時思ったのだ。
あまり気にしない方がいいのかもしれない。


ロマンスの女の子はみんな仲良かった。
仲が良すぎて輪に入り辛かった。
もともと人見知りの私はちょっと気後れした。
でも、そんなことよりもお店に慣れる事で頭がいっぱいだった。
緊張していたせいもあったけど、初日は思うように仕事は出来なかった。
お店は新人の私を常連さんに次から次へと付けてくれた。
おかげでこの日私はあまり休む暇がないくらいで、バタバタし通しだった。

でも、何日かするとお店にも人にも慣れてようやくいつもの自分に戻った。
いつもの自分に戻ってのびのびと仕事をしていたが、毎日指名が来始めた。
本当の指名の方もいたけれど、「知り合いから聞いてきた」と言って来る指名も多かった。
聞いて来た人は指名して来てくれるようになり、またその人から聞いて指名して来てくれた。
その繰り返しで、1ヶ月経つ頃には、No.2になっていた。

私はNo.2になっても私に足りないところやもっと教えて欲しいこともあったので、
ミーティングの日にでも店長に色々聞こうと思っていた。
そして、月初めのミーティングの日に一人ずつ店長とミーティングがあったのだけど、
言われてしまった。

「由紀さんには、何にも言うことがない!」

と。
そんな風に言われてしまったら、聞きたい事が聞けなくて口を開くことが出来なくなってしまった。
 
私は涼子さんがお店を辞めた後、しばらくしてから辞めた。
疾しいことがあるわけではないけれど、ありもしない事を勘ぐられるのなら
別々に辞めることにした。
どこのお店がいいのかわからないので、他の女の子にそれとなく聞き出しておいた。
忙しいお店はどこなのか?と。
すると、「ロマンスかディオンなんか、忙しいみたいよ!」と言われたが、
私は何となくロマンスの方がしっくりくる感じがしてディオンの名前は覚えなかった。

お店は私が辞める事をなかなか納得はしてくれなかったけど、
社長もようやく首を縦に振ってくれた。

Mを辞めると、電話帳で「ロマンス」というお店の電話番号を調べて、面接に行った。

このお店は家族経営をしていて、社長とママは夫婦だし、店長とマネージャーは兄弟だった。
社長はママの二度目の旦那さまでマネージャーの実の父親だったが、店長は最初の旦那さまの
子供だったせいもあってか、兄弟の仲はあまり良くなかったみたいだ。
社長は、ロマンスはママ一人で作ったようなお店だったので、ほぼママに任せてたまに顔を出す
くらいだったようだ。
ボーイさん二人は夜の商売が長いらしく、きっちりと仕事をこなす人たちでテキパキ頼もしかった。
10人くらいいる女の子の従業員は、毎日そんなに忙しいわけではなかったけど、
他のお店に負けないくらいタイプも揃っていたし、みんなお店を忙しくしようと頑張っていた。

このお店ならやっていけそうだと思った。
私はまた働き始めた。
どこのお店がいいのか悪いのかもわからなかったので、
涼子さんと同じお店「M」で働くことにした。
Mはあまり大きくないお店で女の子も5人くらいだけど、
こじんまりしていて私には合っているような気がした。
このお店は神戸にいた頃のお店と違ってそんなには忙しいお店ではなかったが、

久しぶりだし、まあ、ボチボチやりましょう!
そのうち、少しずつ忙しくなるわよね~!

と頑張ることにした!
退屈な時間もあるけど、みんなと馴染んで一緒にお店を盛り上げて行こうと思った。

でも、働き始めて3ヶ月経っても暇さ加減は一行にかわらず、段々イライラしてきた。
そんな暇なのにヘラヘラとしている一部の女の子に対してもお店に対しても、
どうやったら忙しくなるのかなんて考えてないいい加減さには腹が立った。
頑張っているのが馬鹿らしくなってきた。
やる気がない人たちとは私は働きたくない。
それは涼子さんも同じように考えていて、別に相談したわけでもなく、
お互いに別のお店に行こうと決めていた。
夕飯を作ってしまうと、やることがない
しょうちゃんが帰ってくるまでテレビを見て過ごす。
好きな番組がある時は時間の経つのも早いけど、ない時は一時間が長く感じられる。

早く帰って来ないかな~!

としょうちゃんを待つ。
帰って来るのが待ち遠しい。

主婦って忍耐力勝負!?

主婦っていつ帰って来るかわからない夫をずっと待ってるんだよね、偉いよね~☆
まだ私なんていい方よね~!
しょうちゃんが帰って来る時間なんてほぼ決まってるからね!
でも、普通の家庭は接待やら飲み会やらになると何時に帰って来るのかわからないもんね!
旦那さまの都合に合わせて、起きて待ってるなんて私には無理かも?

主婦って体力がないと勤まらない!!

私はただでさえ家でじっとしてるのは好きじゃないのに、
昼間の退屈さや待つ時間の長さには耐えられない!

やっぱり私は外で働いている方が性に合っているのかもしれない、と思った。
やはり私は母の子供、母もじっとしていられない質だけど、私も同じみたい。
一生懸命働いている母は好きだったし、尊敬もしているけど、
私は小さい頃母に合う時間があまりなくて淋しかったから結婚したら
専業主婦になりたいと思っていた。
だけど、私には専業主婦には向かないみたい。

私の専業主婦は1ヵ月で終わった。
夕方にはスーパーにお買物に行って「今日の夕食は何にしようかしら?」
と夕飯の献立を考える。
しょうちゃんに「何が食べたい?」と聞いても答えはわかっている。
「カレー」とか「シチュー」しか言わない。
だから、聞かないことにした。
私がその日食べたいものを作ることにした。
でも、毎日食事を作っていると、メニューも尽きてきた。
主婦の辛さがわかる。
 
毎日よく作る物を思いつくな~!

本屋さんに行ってお料理の本を見てみる。

いまいちだな~゜。(+_+)

取り敢えず、子供が好きそうなメニューをあれこれ作ることにした。
しょうちゃんは好き嫌いがあまりないから助かるけど、
そういう子供の好きな物が一番好きみたい。

しょうちゃんは、私がお料理に失敗しても何も言わないで食べてくれる。
私が初めてしょうちゃんにお料理を作ってあげた時は、
腕にあまり自信ない私に「ちゃんと作れるじゃない!「おいしいよ!」」って
言って食べてくれたことはとても嬉しかった!
だから、冷凍食品とかレトルトは使わないで、心を込めて作ろうと思ったし、そうした。


私たちが夫婦になってから私は当分の間、専業主婦をすることにした。

毎朝洗濯や掃除をする。
二人なのでそんなに掃除するところも洗濯物もない。すぐ終わってしまった。
することがないので、暮れの大掃除並みに押し入れの中の物を出して
掃除してみたり バスルームやトイレを掃除するが、それもすぐ終わってしまう。
夕方までまだまだ時間はたっぷりある。

主婦って一体何をして、この退屈な時間を過ごしてるの?

と疑問に思う。

で、閃いたのがワイドショーを見ること!

主婦と言えば、やっぱりワイドショーでしょ~!

とあちこちチャンネルを変えて見る。
最初は物珍しかったワイドショーも毎日同じ話題ばかりで飽きてしまった。
地下鉄サリン事件のことばかりだ!
ちょっと前までは阪神淡路大震災の話題だっただろうが、
今度は地下鉄サリン事件にオウム真理教が関わっていると言っている。
毎日見ていると詳しくはなるけど、つまらない。

一体主婦って何が楽しくて生きてんの~?

こんな時、子供がいればもっと違う時間の使い方ができるのかな~!!
私はやっぱり専業主婦は向かないのかなあ!?
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